だらだらとエンドフィールドを続けている。なんだかんだでメインシナリオは完了したため、育成やそのほかのイベントもぼちぼち楽しんでいる。
私は自分の摂取したコンテンツに関するデータとか他人の感想を見るのが好きなので、エンドフィールドについてもnoteやXのポストを見ているのだが、どうやら賛否両論あるらしい。
特にシナリオ面について、原作のアークナイツが丁寧で重厚なストーリーを構築しているだけにハードルが上がっている面もあったのか、割と酷評が多い印象。まあ管理人の記憶について誰か教えてくれよ感は否めない。
私はというと、普通に楽しんでプレイしていた。特別おもしれーーー!ともならなかったが、つまらないとも感じなかった。つまりなにも考えてないのと一緒。
何かの作品を見たとき、マイナスな感情が沸き上がることがめったにない。
とんでもない酷評されているとか、明らかに手抜きであるとかそういう作品だったら話は別だが、賛否両論ありまっせ、くらいの作品だったら基本的にはなにも考えず見ることができる。
この性分は非常にやっかいだ。別にただ人生を生きるだけであれば人より楽しいと感じるものが多い方がお得だが、誰かと作品について感想を共有したりネット上に発信しようと思ったときに、なにも心に残っていなかったりする。否定の意見が持てなかったとき、たいていは心を動かされていないことが多い。
同様に作品の考察も苦手だ。テレ東でやっている「TXQ FICTION」シリーズも好きで欠かさず見ているのだが、毎度制作陣が意図しているところは何一つわからない。
直近であった「UFO山」という作品を例に挙げると、「UFOとはUFOがいてほしいと願う人たちの信仰によって生み出されている。」というテーマで、信念とか信仰とかが軸になっている作品だったようだ。(なんならプロデューサーがどっかでしゃべってたらしい)
しかもそれは大前提として理解して、そこからそれぞれ何を思うか。みたいな話のようだ。
私はというとフィクションなんだからUFOの仕業なんだろうなーとずっと本当に思っていた。最後にはUFOが出てくるのかなぁとか、どんなオチになるんだろうとか考えながら見ていたのだ。
すると最後はよくわからないホームビデオ(本当は意味あるのだが)が流れて急に終わり。ハァ?状態だった。
いろいろな解説動画とかを見ると、そういうことねと納得できるのだが、初見の私は作品の登場人物と同じでUFOの実在を願っていたのかもしれない。
